写真のまわりで、59歳
8月12日、59歳になりました。
少し時間が経ってしまいましたが、誕生日にはSNSやメールなどで、たくさんのお祝いの言葉をいただきました。
メッセージをくださった皆さん、ありがとうございました。
ひとつひとつ読ませてもらいながら、その人と出会った場所や、一緒に写真を見たこと、撮影したこと、話をしたことなど、いろいろな時間を思い出していました。
普段はなかなか会えない人からも言葉を届けてもらいました。
写真を続けてきた時間は、そのまま人と出会ってきた時間でもあったのだなあと、こんなときにあらためて思います。
59歳になる直前まで、写真の話をしていた
今年は、59歳になる直前の8月9日から11日まで、写真好学研究所の公開講座「写真の話を続けるための現代写真入門」を開催していました。
三日間、講師の中澤賢さんや参加者の皆さんと、写真についてずいぶん長い時間、話をしました。
写真とは何なのか。
なぜ写真で作品をつくるのか。
見るということはどういうことなのか。
59歳になる前の日まで、そんなことを考え、話していたわけです。
長く写真を続けてきましたが、分かるようになったことばかりではありません。
むしろ続けているうちに、分からないことが増えてきたようにも思います。いや、確実に増えている。
若い頃には、長く写真をやっていれば、いつか写真のことがもう少し分かるようになるのではないかと思っていたのかもしれません。
でも、59歳になった今も、
「さて、写真って?」
と考えています。
それは案外、悪くないことなのかもしれません。
8月12日という日
自分にとって8月12日は誕生日ですが、それだけの日でもありません。
1985年の日航機墜落事故の日でもあります。
毎年、自分がひとつ歳を重ねる日に、あの日からまた一年が経ったのだということを思います。
そして8月12日は、中上健次の命日でもあります。
若い頃、中上健次の『紀州 木の国・根の国物語』を擦りきれるほど読みました。
紀州という土地を歩き、人に会い、話を聞き、その土地の奥にあるものへ入っていく。
当時どこまで理解して読んでいたのかは分かりません。
けれど、あの本から受け取ったものは、今もずっと自分の中に残っています。
自分が写真を撮るために土地を歩き、人に会い、話を聞き、その場所に積み重なっている時間や記憶について考えること。
それと中上健次の仕事を簡単に重ねることはできませんが、振り返ってみると、どこか遠いところでつながっているような気もします。
人が暮らしている場所には、その場所にしかない時間があります。
そこにいる人の声があり、記憶があり、ときには語られないこともある。
写真を撮るということは、そういうものの前に立つことでもあるのかもしれません。
写真のまわりで
gallery0369を始め、写真好学研究所、Labo0369、そして古民家Hibicoreと、いつの間にか自分のまわりには、写真を見る場所、つくる場所、写真について話す場所、そして人が集まる場所ができてきました。
最初からこうしようと考えていたわけではありません。
その時々に出会った人や出来事の中から、「こんなことができたら面白いな」と思ったことをひとつずつ続けてきたら、今の形になっていました。
ほんとに、続けていたらこうなったという感じです。誰にも頼まれていないのに(笑)。
最近は、写真を撮ることと同じくらい、人と写真について話す時間も大切になってきています。
写真を見る。
話をする。
自分で考えてみる。
人の話を聞いて、また考える。
ときには食べたり飲んだりしながら、写真とはまったく関係のない話にそれる。それる方が多いかもしれません。
そんな時間も含めて、今の自分にとっては「写真のまわり」にある大切な時間なのだと思います。
そして、この秋へ
そんな「写真のまわり」で、この秋にはまた新しい試みも始まります。
gallery0369のある美里町の里山を舞台にした「みさと100m写真芸術祭」です。
手弁当で行うこの芸術祭の「100m」というのは、大きな地域をひとつの会場にするというよりも、自分たちが立っている場所から両手を広げ、その範囲をもう少しだけ広げてみるような感覚です。
gallery0369を中心に、歩いてすぐのところにある納屋や軒先、道沿い、休耕田、古い建物や暮らしの風景。
普段なら何気なく通り過ぎてしまうような場所に写真を置いてみる。
遠くへ行くのではなく、まず自分たちの足元にある場所をもう一度見てみる。
そんなところから始まる芸術祭です。
この試みは、名古屋のPHOTO GALLERY FLOW NAGOYAの中澤賢さん、そして現代写真について研究されている北桂樹さんと、写真のこと、展示のこと、この土地で何ができるのか、といった話を重ねるなかで、少しずつ輪郭が見えてきました。
自分一人で考えているだけでは、たぶん今の形にはなっていなかったと思います。
話をする。
人の考えを聞く。
また自分で考える。
そして、実際にやってみる。
先日の「現代写真入門」の講座でも感じたことですが、写真について考えることは、一人の中だけで完結するものではないのかもしれません。
人との会話の中で考えが少し動き、それまで見えていなかったものが見えてくる。
今回の100m写真芸術祭も、そんな時間の積み重ねから実現しようとしています。
準備には思っていた以上に時間がかかり、展示していただく作家の皆さんの発表も少し遅くなってしまいましたが、まもなくお知らせできるところまで来ています。
写真を見るために遠くへ出かけることも面白い。
でも、自分たちが暮らしている場所、その両手を広げた先にあるような風景の中で写真に出会うことも、また違った体験になるのではないかと思っています。
59歳になったこの秋に、自分が暮らしている場所で、またひとつ新しいことを始める。
これもまた、これまで写真を続け、人と出会い、話をしてきた先に生まれてきたことなのだと思います。
50代、最後の一年
59歳。
50代も最後の一年になりました。
来年は60歳です。
数字だけを見ると、なかなかのところまで来たなあと思います。
だからといって、何かを急いで完成させようという感じでもありません。
まだ撮りたい写真があります。
まだ行ってみたい場所があります。
まだ知らない写真があります。
そして、まだ会っていない人もいます。
これからも写真を撮りながら、歩きながら、人の話を聞きながら、ときどき立ち止まって考えていければと思います。
分からないことを、分からないまま放っておくのではなく、面白がって考え続ける。
59歳の一年も、そんなふうに写真のまわりをうろうろしてみようと思います。
あらためて、誕生日に言葉を届けてくださった皆さん、ありがとうございました。
59歳も、どうぞよろしくお願いします。


