みさと100m写真芸術祭2026を終えて
里山に写真を置くこと、写真とともに人が集まること
2026年10月31日(土)から11月3日(火・祝)までの4日間、三重県津市美里町のgallery0369とその周辺で、初めての「みさと100m写真芸術祭2026」を開催しました。
おかげさまで、無事に4日間の会期を終えることができました。
今回の芸術祭は、gallery0369を中心とした半径約100mの里山が舞台です。
民家や納屋、小屋、柿畑、休耕田、駐車場、道沿いなど、日々の暮らしが続いている場所に写真作品を置くという試みでした。
総合芸術監督にPHOTO GALLERY FLOW NAGOYAの中澤賢さん、企画・進行に北桂樹さんを迎え、参加作家の皆さん、地域の皆さん、そして多くのお手伝いの方々とともに、この4日間をつくりました。
里山に写真を置く

屋根のあるホワイトキューブ、gallery0369の白い壁面で見る額装写真と、屋根のない屋外に置かれた写真作品。
その両極にある展示環境の中で、写真はどのような存在となり、どのように見えてくるのか。
今回の芸術祭では、そのことをあらためて考える機会になりました。
気持ち良すぎるくらいの快晴の日もあれば、作品がしっとりと雨に濡れる日もありました。
光の状態が変わり、風が吹き、雨が降る。写真の周囲では、いつもの里山の日常がそのまま続いています。
作品を見るために人が歩き、立ち止まり、周囲の風景を眺め、誰かと言葉を交わす。
「近所」と呼べるような範囲の中で写真を見て、人と話し、焦げのついた焼き芋を食べる。
夜には宴があり、「流れる会話」の収録もありました。
写真を見ることと、そこにいること。
その二つが、特に区別されることなく、同じ時間の中にあったように思います。
渡部さとるさんとの写真談義

11月3日の最終日には、写真家・渡部さとるさんを迎えて「ゆたかとさとるの写真談義」を開催しました。
渡部さんは、今回の芸術祭について、声をかければ届く半径100mという距離の面白さに触れ、規模を大きくするのではなく、小さいまま続けてほしいと話されていました。
この言葉は、私自身が考えていた「両手を広げる範囲でできること」にも重なります。
トークは今回の展示作品の印象から始まり、銀塩写真とデジタル写真、写真表現の変化、写真集のタイトル、作品を支える言葉やコンテクストなど、さまざまな話題へと広がりました。

私が長年制作している《Local public bath “Sento”》についても話が及びました。
今年、韓国・ソウルで作品をギャラリストに見せたとき、写真について十分に言葉で伝えられなかった経験があります。
写真に何が写っているのかを説明することと、なぜ自分がそれを撮り続けているのかを伝えることは、同じではありません。
その後、中澤さんや北さんとの対話を重ねる中で、自分の作品への向き合い方や、他者に伝える言葉について考え直すことになりました。
今回の写真談義でも、渡部さんとのやり取りを通して、写真そのものだけでなく、作品に至る行為や人との関係、そして言葉が作品の見え方を変えることについて考えさせられました。
写真は、見ればわかるものなのか。
作品の背景を伝える言葉によって、その写真の見え方は変わるのではないか。
そんな話も印象に残っています。
後半には会場の皆さんから、AIと写真、写真教育、写真の定義、作品の鑑賞方法などについて質問も寄せられ、予定を超えて約80分間のトークとなりました。
自分の写真を自分だけで考えていると、どうしても見えなくなるところがあります。
そこに他者が入り込み、問いを投げかけ、時には考えていたことを壊してくれる。
そんな時間も、今回の芸術祭の中で生まれました。

土に触れる写真 ― 《村の記憶》のこれから
今回の芸術祭では、自分の作品《村の記憶》を休耕田にも展示しました。
これまで写真を展示する場所といえば、ギャラリーの白い壁面が基本でした。
額装し、光や湿度にも気を配り、できるだけ良い状態で作品を見てもらう。
もちろん、そうした展示はこれからも続けていきたいと思っています。
一方で、今回の休耕田での展示を経験して、もう少し違う写真の存在の仕方があってもよいのではないかと考えるようになりました。
屋根のない場所に写真を置く。
雨が降れば濡れ、風が吹けば揺れ、日差しを受け、土や草と接する。
そこでは、写真は一定の状態に保たれた作品ではなく、周囲の環境とともに変化していくものになります。
写真はもともと、時間を記録するメディアとして語られてきました。
しかし、写真そのものにも時間が流れているはずです。
風雨にさらされ、色が変わり、表面が傷み、やがて風化していく。
そうした変化も、写真の持つひとつの姿なのではないか。
草に埋もれていく写真も、案外悪くないのではないかと思います。
昨年の菰山展では、土間という場所で作品を展示しました。
白い壁面とは異なる、土の気配や建物に積み重なった時間を感じる空間でした。
そして今回の休耕田での展示。
土間から、屋根のない場所へ。
自分の写真が少しずつ展示空間の外へと広がっていくようにも感じています。
12月にgallery0369で開催する個展「村の記憶/まえとあと+++++」では、今回の芸術祭で試みた休耕田での展示を、もう一度行ってみたいと考えています。
gallery0369の白い壁面での展示と、屋外の土に近い場所での展示。
同じ写真であっても、置かれる場所や周囲の環境によって、その存在や見え方はどう変わるのか。
そして、作品が風化し、劣化していくことを、必ずしも否定的なものとして捉えなくてもよいのではないか。
《村の記憶》では、長い時間の中で変化していく村の姿や、そこに暮らす人々の営みを撮り続けてきました。
その村の時間の中に、写真そのものを置いてみる。
写真が土に触れ、草に囲まれ、雨に濡れる。
記録された村の時間と、そこに置かれた写真が過ごす時間。
そんな二つの時間が重なっていくような展示を、これから試みてみたいと思っています。
まだ明確な答えがあるわけではありません。
12月の展示では、その変化も含めて、写真がどのような姿を見せるのかを考えてみたいと思います。
多くの人の手によって
今回の芸術祭は、写真作品を展示してくださった作家の皆さんだけでなく、場所を提供してくださった地域の皆さん、設営や受付、運営、撤収を手伝ってくださった皆さん、食事や飲み物、食材を持ち寄ってくださった皆さんなど、本当に多くの方々に支えていただきました。
それぞれができることを持ち寄る。
そのような関わり方も、この芸術祭の大切な部分だったと思います。
作品を見るために人が集まり、そこで話をし、食事をともにし、また作品を見に歩いていく。
そうした時間が、この半径100mの中に生まれたことが、今回の開催で感じたことのひとつです。
11月3日の最終日には、渡部さんを囲み、参加作家やお手伝いの皆さんと集合写真を撮りました。
この写真には写っていない方々もたくさんいらっしゃいます。
協賛・協力をいただいた皆さん、地域の皆さん、会場まで足を運んでくださった皆さん、そして一緒に動いてくださった皆さんに、あらためて感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

両手を広げる範囲で、また次へ
初めての開催ですから、十分にできなかったこと、これから考え直さなければならないこともたくさんあります。
今回の4日間で見えてきたことを、一つずつ振り返っていきたいと思います。
芸術祭を大きくすることだけを目指すのではなく、両手を広げる範囲でできることを考える。
この土地にある日常と、写真という表現がどのように関わっていけるのか。
その試みを、これからも続けていきたいと思います。
2027年、第2回の開催に向けた計画も進めていきます。
また、美里の里山でお会いしましょう。
松原 豊
みさと100m写真芸術祭2026 開催記録

会期
2026年10月31日(土)〜11月3日(火・祝)
会場
gallery0369および三重県津市美里町三郷周辺
総合芸術監督
中澤 賢
企画・進行
北 桂樹
運営管理
松原 豊
公式開催終了報告
2026年開催概要
中日新聞 Web掲載記事
渡部さとる「2BChannel」
0369×FLOW「流れる会話」
公式開催終了報告には、中澤賢総合芸術監督の挨拶、参加作家・協力者の記録、会場マップ、関連する映像・音声資料などを掲載しています。
今後も、各作家の展示風景や会期中の出来事を写真とともに追加していく予定です。
次回展示について
今回の芸術祭で試みた屋外展示を引き継ぎ、12月にはgallery0369で松原豊写真展「村の記憶/まえとあと+++++」を開催します。
会期
2026年12月28日(月)〜31日(木)
2027年1月8日(金)〜9日(土)
時間
13:00〜17:00
会場
gallery0369(三重県津市美里町)
写真展に先立ち、12月13日(日)には関連プレイベントとしてコケムスカヲリ公演「あさ、もしも、さあ」も予定しています。
松原豊写真展「村の記憶/まえとあと+++++」公式案内

