写真の話を続けた三日間

写真好学研究所 公開講座2026 夏の合宿「現代写真入門」を終えて

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Photo:2026.08.11 現代写真入門3日目参加者たち(手にしているのは制作成果物)

8月9日から11日までの3日間、写真好学研究所 公開講座2026 夏の合宿「写真の話を続けるための現代写真入門」を開催しました。

講師は、PHOTO GALLERY FLOW NAGOYAの中澤 賢さん。

私は仕事の関係で、初日は最後の講義からの参加となりましたが、その日の夜から最終日まで、中澤さん、参加者の皆さんと一緒に、写真についてずいぶん長い時間、話をすることになりました。

「現代写真入門」と題した講座でしたが、3日間を終えてみると、何かひとつの答えを教えてもらったというよりも、写真について考えるための、いくつもの問いを持ち帰った時間だったように思います。

話を聞くだけではなく、自分で考えてみる

もちろん講座ですから、中澤さんの話を聞き、知らなかった作家や作品、写真を考えるための言葉や考え方に触れます。

「写真性」や「指標」といった言葉も、その中にありました。

けれど今回の講座では、話を聞いて終わりではありませんでした。

一人ひとりが考える時間があり、それを言葉にして共有する。

自分ではこう考えた。
別の人はまったく違うところから考えている。

その話を聞いていると、「そういう見方もあるのか」と、自分の考えが少し動き始める。

一人で考える時間は大切です。

でも、一人だけで考えていると、どうしても自分がすでに知っていることや、自分の経験の範囲の中をぐるぐる回ってしまうこともあります。

そこへ他者の言葉が入ってくる。

すると、自分では気づかなかったところへ考えが広がったり、逆に、それまでぼんやりとしていた自分の考えの輪郭が少し見えてきたりする。

今回の3日間では、そんな往復が何度もありました。

「当事者になる」ということ

講座の中で、中澤さんが「当事者になること」という話をしていました。

この言葉は、今回の3日間を振り返っていて、私の中に残っている言葉のひとつです。

誰かの話を聞き、「なるほど」と理解する。

それは大切なことですが、その段階では、まだその話は自分の外側にあるのかもしれません。

そこから、

自分だったらどう考えるのか。

自分がこれまで撮ってきた写真とは、どうつながるのか。

自分が立っている場所や、自分がやってきたことと、どのような関係があるのか。

そんなふうに、自分の側へ一度引き寄せてみる。

さらに、それを言葉にして誰かに話したり、実際に何かをやってみたりする。

そうすることではじめて、頭で理解していたことが、少しずつ肉体の感覚の中へ入ってくるのではないかと思います。

「他人ごと」だったものが「自分ごと」になっていく。

私なりには、「当事者になる」という言葉をそんなふうに受け取りました。

カメラを使わずに、写真を考える

3日目に、「カメラを使わずに作品をつくってみる」というレッスンがありました。

これも、私にはとても大切な時間に感じられました。

写真をしていると、つい「何を撮るか」「どこで撮るか」「どう撮るか」というところから考え始めます。

目の前にあるものを見つけ、カメラを向け、シャッターを切る。

スナップ写真などは、まさにそうした「Takeする写真」の面白さを持っています。

私自身も、長い間そうやって写真と関わってきました。

ところが、「カメラを使わない」と言われると、その方法が使えません。

では、何をもって写真とするのか。

像がなければ写真ではないのか。

光や時間、痕跡、場所、人との関係から写真を考えることはできないのか。

カメラを一度手放すことで、逆に「写真って何なんだろう」というところへ戻っていきます。

これは、スナップ写真や撮影することを否定するレッスンではありません。

一度「撮る」ことから離れることで、作品をどのようにつくるのか、なぜその方法でなければならないのかを考えてみる。

Takeする写真から、Makeする写真へ。

もちろん二つをきれいに分けることはできません。

でも、まず撮る対象を探すのではなく、

自分は何を考えているのか。

何を作品として成立させたいのか。

そのためにはどんな方法が必要なのか。

そんな順番で作品を考えてみることは、とても大切なレッスンだったように思います。

《Hibicore Yutaka》

その課題から私が考えた作品が、《Hibicore Yutaka》でした。

「写真機を使わずに作品をつくる」というところから考え始めたとき、私は古民家Hibicoreという場所そのものを使ってみようと思いました。

Hibicoreには、これまでいろいろな人がやってきました。

写真の講座をしたり、展示を見たり、食事をしたり、話をしたり、ときには泊まったり。

人が来て、しばらく時間を過ごし、また帰っていく。

その繰り返しによって、この場所には、人の気配や時間の痕跡のようなものが少しずつ残っているように感じています。

そこで、

「人がHibicoreに集まる。その出来事そのものを写真と考えることはできないか」

と考えました。

カメラを使って像を残すのではなく、人がこの場所に来て、同じ時間を過ごしたという事実そのものを、一つの写真的な出来事として考えてみる。

人がそこにいたこと。

人と人が出会ったこと。

その時間が確かに存在したこと。

それらは目に見える写真として残らなくても、この場所には何らかの痕跡として残っていくのではないか。

そう考えると、Hibicoreという古民家そのものが、ある意味では感光材料のようなものにも思えてきました。

今回の講座で出てきた「指標性」という言葉を自分のところへ引き寄せてみると、「ここに人が集まった」という出来事そのものが、場所に痕跡を残していくという考えにつながっていきました。

知識として「指標性」という言葉を知るだけでなく、自分の暮らしている場所、自分がつくってきた場所、自分が実際に体験してきた時間の中へ持ってきて考えてみる。

もしかすると、これも「当事者になる」ということなのかもしれません。

人が集まる場所

今回の3日間を通して、もうひとつあらためて感じたのが、人が同じ場所に集まることの意味でした。

古民家Hibicoreとgallery0369に人が集まり、同じ時間を過ごしながら写真について話す。

今はオンラインでも、たくさんの情報を得ることができます。

一人で本を読むこともできますし、作品を見ることもできます。

でも、同じ場所に誰かがいて、その人の声を聞き、表情を見て、少し迷いながら出てくる言葉を受け取る。

そこにいる人の体温のようなものを感じながら話をする。

そこには、情報や知識を受け取ることとは少し違う何かがあるように思います。

休憩時間の何気ない話。

講座の途中から横道へそれていく話。

そこからまた本題へ戻ってくる話。

そうしたものも含めて、その場所に人が集まったからこそ生まれるものがあります。

写真について考えるためには、作品や知識だけではなく、人が集まり、話を続けることのできる場所も必要なのかもしれません。

講座が終わっても、写真の話は続く

昼間の講座が終わっても、その日の「現代写真入門」が終わるわけではありませんでした。

晩ご飯を一緒に食べ、お酒も少し呑みながら、そのまま写真の話が続いていきます。

講座の中で出てきた話に戻ることもあれば、そこから全然違う写真家や作品の話へ流れていく。

自分の制作の話になったり、これまで写真を続けてきて感じていることの話になったり。

気がつけば深夜まで話をしていました。

こうした時間は、「講義」という形の学びとは少し違います。

講師と受講者という関係から少し離れて、同じ食卓を囲みながら、それぞれが持っている写真の話を持ち寄る。

昼間にはうまく言葉にならなかったことが、夜になってぽろっと出てくることもあります。

誰かの話を聞いていたはずが、いつの間にか自分の写真のことを考えていたりする。

食べながら、呑みながら、笑ったり、少し考え込んだりしながら、それでも写真の話が続いていく。

今回の講座タイトルは、

「写真の話を続けるための現代写真入門」。

振り返ってみると、本当に三日間、写真の話をとても真面目に続けていたのだと思います。

そして、また考える

三日間というまとまった時間があったからこそ、すぐに答えを出さなくてもよかった。

話を聞く。

一人で考える。

誰かに話してみる。

他者の考えを聞く。

晩ご飯を食べながら、また話す。

次の日になって、もう一度考えてみる。

その繰り返しの中で、最初は自分の外側にあった言葉が、少しずつ自分の中へ入ってくる。

頭で知るだけではなく、身体の感覚の中へ入ってくる。

今回の3日間は、そんな時間だったように思います。

《Hibicore Yutaka》について、私は発表の最後に、

自分が撮影した写真というよりも、自分がつくった場所に人が集まり、その時間そのものが作品になっていく。

そんな写真のあり方を考えた作品だと話しました。

そう考えると、この3日間にHibicoreへ人が集まり、話し、考え、食事をし、夜遅くまで写真の話を続けたことそのものも、《Hibicore Yutaka》の一部になっているのかもしれません。

ご参加いただいた皆さん、そして3日間、たくさんの問いと言葉を投げかけてくれた中澤 賢さん、ありがとうございました。

また、写真の話を続けましょう。

写真好学研究所所長
松原 豊

関連リンク

今回の講師・中澤 賢さんが運営する写真専門ギャラリー
PHOTO GALLERY FLOW NAGOYA
https://www.photo260nagoya.com/

この秋開催する
みさと100m写真芸術祭 2026
では、中澤さんに総合芸術監督を務めていただきます。
https://gallery0369.jp/exhibition/misato100m_photoartfestival2026/

中澤さんと松原が、写真をめぐって話を続けているYouTubeチャンネル
「0369×FLOW 流れる会話 ― 写真をめぐる考察記録 ―」
も不定期で配信しています。
https://www.youtube.com/@nagarerukaiwa



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