江戸の版画が、いま目の前にある不思議
三重県立美術館「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展」内覧会へ

三重県立美術館で開催される「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」の内覧会に行ってきました。
開催前にもかかわらず、内覧会にはたくさんの方が足を運んでいました。会場には、この展覧会を楽しみにしていた人たちの静かな熱がありました。
本展は、千葉市美術館を皮切りに、山口県立萩美術館・浦上記念館、三重県立美術館、そして長野の北斎館へと巡回する展覧会です。
アメリカのロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館が所蔵するロックフェラー・コレクションの中から、北斎、広重を中心とした花鳥版画163点が展示されています。
まず、作品数が多いです。163点。
とにかく見応えがあります。
正直、見終わったあとは少し疲れました(笑)。
けれど、その疲れは、作品の前で目を使い続けた疲れでもありました。
会場に並んでいる版画たちは、江戸期に制作されたものです。
いまからおよそ150年から200年以上前に描かれ、彫られ、摺られたものが、長い時間を経て、いま自分の目の前にある。そのこと自体が、とても不思議に思えました。
火災や災害、戦争、移動、保管の環境。
さまざまな時間をくぐり抜け、失われることなく残った紙の上の像を、2026年の三重県津市で見ている。
そう考えると、展示室に並ぶ一枚一枚が、単なる「作品」というだけではなく、時間を渡ってきた存在のようにも感じられます。
版画なので、絵筆で描かれた一点ものとは違います。
けれど、そこには彫りの線があり、摺りの色があり、紙の質感があります。
花のかたち、鳥の羽、枝のしなり、水の気配。
小さな画面の中に、驚くほど精巧な描写が込められていました。
画面はもちろん止まっています。
けれど、鳥の羽、枝のしなり、花びらの向き、水辺の空気を見ていると、そこには動きを止めた瞬間のようなものが捉えられているように感じました。
動いているものを止める。
あるいは、止まっている画面の中に、動きの前後を感じさせる。
動きをとらえるということも、ひとつの技として存在していたことがうかがえます。
その感覚は、写真を見る時、そして写真を撮る時の感覚ともどこか重なります。
写真もまた、動き続ける世界の中から、ある一瞬を取り出す表現です。
写真の場合、撮影したあとに画面を見返して、そこに写っていたものに気づくことも少なくありません。
しかし、当時の絵師や版画に関わった人たちは、目の前の世界の中にある一瞬の動きを、肉眼で見つめ、観察し、紙の上に定着させていた。
その眼力の凄さも、今回の展示を見ながら強く感じました。
そうした動きの表現を見ているうちに、以前見た北斎の版画に描かれていた、波の描写を思い出しました。
うねり、立ち上がり、崩れようとする波のかたち。
止まった画面の中に、動きの途中が捉えられているように見えたことを覚えています。
版画でありながら、そこには時間の流れがあります。
一枚の紙の上に、動きが封じ込められている。
江戸の版画を見ながら、止めることによって動きを見せる、という表現の奥行きを考えていました。
そして、広重の青。
いわゆる「広重ブルー」とも呼ばれる青です。
舶来の人工顔料であるベロ藍、プルシアンブルーによる青。
江戸の版画の中に、西洋から入ってきた新しい青が使われている。
その青が、空や水、遠景に深さを与え、画面の中に湿度や距離をつくっている。
色の美しさだけではなく、当時の技術や交易、時代の流れまでが、一緒に摺り込まれているように感じました。
青のグラデーションは、私を強く惹きつけます。
花鳥版画という言葉からは、花や鳥を美しく描いた小さな世界を想像します。
しかし実際にまとまった数を見ていくと、そこには季節の感覚、自然を見る目、暮らしの中で自然を味わう感性があります。
江戸の人たちが見ていた花や鳥。
それを描き、彫り、摺った人たちの仕事。
そして、その版画が海を渡り、コレクションとして残され、いま三重で展示されていること。
その長い時間のつながりを、目でたどるような展覧会でした。
作品数は163点。
一度に見るには、なかなかの量です。
でも、その多さの中でこそ見えてくるものがあります。
江戸期に制作され、海を渡り、海外の美術館に所蔵されてきた版画たち。
その貴重な作品に、いま三重で会うことができる。
会期中に行かれる方は、少し時間に余裕を持って見るのがおすすめです。
途中で休みながら、一枚一枚の細かな描写と色に触れるように見ていくと、より楽しめると思います。
「ロックフェラー・コレクション花鳥版画展 北斎、広重を中心に」三重県立美術館での会期は、 2026年6月13日(土)から7月26日(日)までです。


