「見つけてもらう」ということ
9月7日写真家へのインタビューのために愛知県へ。およそ2時間ほど写真作品の生まれた背景や今後の展開について話しを伺った。
インタビューさせてもらった写真家は写真専門学校の卒業生だったので在学時のことも聞かせてもらった。その中で印象に残ったことのひとつに「授業で先生に写真を見てもらうことを続けていくことで、自分だけでは決して見つけることのできなかった世界がある、ということに気づかせてもらったこと」と話してくれたことだ。それは先生への絶大なリスペクトを感じさせてもらうことができると共に、そのことを作者が素直に受け入れることで生まれた作品であるということができるだろう。良き「指導者」に写真のなかに写り込んでいることを見つけ出してもらい、その部分を的確に教えてもらうことも大事なことなのだ。「見つけてもらう」という「機会、チャンス、出会い」ということを考えていくと、学校という場所の存在も決して無駄ではない、のである。
「褒められる」とか「褒めてもらえない」「上手い」「下手」というような単調な話しではなくて「どういう世界が潜んでいるのか?」見つけ出す目がないと生まれてこない世界があるということ。またそのプロセスがなければ多くの人がその写真に出会うことができなかったことになる。作品を見る側の責任ということを痛感するインタビューになった。
写真が生み出す世界観を見つけ出すこと、気づくことのできる人に私はなりたい。
今回のインタビューは三重県伊勢市にある月兎舎で発刊されている季刊誌NAGIのモノクロームで紹介予定です。次号の発刊をお待ち下さい。
写真は飯田線での帰路、鉄橋を渡る列車からの車窓風景。台風10号の影響下で大雨でした。